2007年10月「所長個人のブログ」 一覧
謝罪会見
2007年10月31日 10:46
本当に謝罪の多い国です。政治家・官僚、企業経営者、スポーツ選手etc・ ・・。
誰に何を謝っているのかよく分りませんが、皆、神妙に頭を垂れています。そして、それを放送するTV。
まるで、謝罪会見を放送することで、その事件のオトシマエが付くかのようです。
でも、誰かが、個人的に謝ることで、解決するような事なのでしょうか?
政治家・官僚は、不特定多数の国民に対し義務を負ってますから、義務に背いた時には、TVは役立ちます。
企業経営者も、不特定多数の消費者あるいは株主に対し義務を負ってるから、同様かな。
でも、TVの役割はそこがスタートでしょ。事件の背景と原因を明らかにし、そして、今後はどうなるか?
そのことを伝える事ですよね。決して、謝罪会見の放送が、伝える事のゴールではないはずです。
少し前に、マリオン・ジョーンズがドーピングをTVで謝罪してました。彼女は、 オリンピックに国の代表として出たのですから、 彼女は謝る必要があると思います。
不祥事が続く相撲界ですが、朝青竜の謝罪会見なんか必要ないと思います。少なくとも、私は見たくないです。
協会が規定に従い、粛々と厳罰を下せば良いのです。TVで謝罪すべきは、協会幹部・横審の委員・アホ親方、この3者でしょう。
ただ、今回の死亡事件については、責任の所在をウヤムヤにしてはいけないと思います。犯罪ならば、 犯罪としての処罰を下し、 そのことを、正確に報道してほしいと思います。
そして、今回の亀田家の謝罪会見です。
ボクシングの試合なのですから、試合中の反則については、協会の規定に従い制裁を受けるべきです。そして、 謝罪は選手同士の問題でしょう。
それを、謝り方がなってないとか、心が籠ってないとか、「何を言うとんねん!」です。
選手は、自分のしでかした事を、その競技人生のなかで背負って行くのです。
そのことは、ボクシングが好きであれば、本当に辛いと思います。
TVで謝罪すべき馬鹿は、あの日、ゲスト席に座っていた、赤井と鬼塚と色ボケ姉ちゃんでしょう。彼らは、 自分のアホさ加減と知性の無さを謝罪する必要があるでしょう。そして、アナウンサーに至っては、 自分を「只の会社の犬でした」。と、 カミングアウトすることです。
私は、総合格闘技の秋山選手はあまり好きではありませんでした。何故なら、清原と同じ匂いを感じていたからです。
「歌舞伎者」の匂いです。スポーツ選手か芸能人か良く分からない。そんな、イロ者の感じです。
でも、次の記事を読んでファンになりました。彼は、本物の男になったと感じました。
いばらの道の出口に立った秋山成勲が亀田大毅に、経験者ならではの金言を与えた。・・・・ ルール違反による出場停止という同じ境遇を歩むであろう大毅へ、同じスポーツ選手としてアドバイス。・・・・ 厳しい目にさらされ、 ようやく復帰への道が開けてきただけに、・・・・・・・ 5秒間、エレベーターホールで秋山は宙を見上げて言葉を探した。 渦中にある大毅にかけるべき言葉を聞かれ、 静かに答えた。
「ボクシングを嫌いにならないことですね。ボクシングを嫌いになってほしくない。 僕も総合格闘技を嫌いになったことはなかった。 ボクシングが好きならば、どんなことにも耐えられるはずです」。
後日、 違反は発覚して猛烈な制裁にさらされた。 亀田親子と状況は違うが、 大毅がこれから味わうであろう苦難は、 10カ月間耐え続けてきた秋山にはおおよそ想像ができる。「大変ですよ。 彼はまだ18歳でしょ。 僕と同じじゃないですけど、 乗り越えていくことは並大抵じゃないです」。
同情や励ましの響きはない。 ルールを破ったらペナルティーは免れない。それを経験した秋山だからこそ、自暴自棄にならず、 ファイターとして、 スポーツマンとして踏みとどまるべき心のありようを説いた。ヒールだからこその究極の金言だった。
1月11日、 骨折した左腕を三角きんでつりながら深く頭を下げてから、秋山の本当の苦難が始まった。 秋山への批判は家族を巻き込んだひぼう中傷に変わり、周囲で支えてくれた人も離れて人間不信にも陥った。 収入は途絶えた。 それでも「すべて自分が悪かったからだ」と、 練習に打ち込むことで踏みとどまってきた。
今月5日、秋山は会見でひるまず言った。「すべての人に、 認めてもらおうとは思わない。自分は自分でしかない。まっすぐ試合をしたい。 それだけです」。総合格闘技を嫌いにならなかった答えを、秋山は試合で見せる。
休息室
2007年10月27日 20:00
ある会議に出席していたのですが、あまりに体がしんどいので、
休憩を取ろうと、会議室から別室の休息室に移動をしました。
そこには、先客がいました。よく見ると旧知のQ氏でした。
Q氏は車の部品関係の仕事をしているので、しばらくの間、
車業界の動向や今、北海道で開催されているWRCの事などを話しました。
そろそろ、会議に戻ろうと思い、Q氏を見ると、本当に辛そうなので、
N : 「手を引いてあげるから会議室に戻ろう」と、立ち上がりました。
2、3歩、手を引いて歩いたのですが、そこで、ハッと気が付きました。
確か、Q氏は数年前に亡くなっていたのです。
N : 「Qさん、あんた、死んだのと違うんか?」と聞くと、
Q : 「そうやで」との答え。
N : 「ほな、ここで何しとんねん」
Q : 「あっちも大変やねん。頑張らんと生まれ変わらせてもらわれへんねん」
N : 「・・・・・・!」
Q : 「疲れたから、休息室で休んどったんや」
と、そこで目が覚めました。みんな大変なんですね~。
亀田家の戦い
2007年10月15日 15:41
兄の興毅は、33歳の内藤を「もうオッチャンやで。これで亀田は強いということが分かるんちゃう」と弟を “援護射撃”。大毅が勝った後にリング上で行う弾き語りのパフォーマンスに触れて「昨日もピアノ弾いていた。練習していた」と明かした。
一部メディアにあおられ、年上の王者を「ゴキブリ」 呼ばわりするなど放言ばかりが目だった。そして、 世界タイトル戦という舞台での愚行。
「負けたら切腹」と意気込んだはずが、声をからしたファンには見向きもしない。試合後は、追いすがる報道陣へ向けるかのように、 口に含んだ飲み物をはき捨て、無言で会場を去った。
亀田パパと三兄弟は何と戦ってるんだろう?
マスコミとは対決する訳ではなく、時々すり寄ったりするから、弄ばれたりしてしまう。
「モハメド・アリのようなビッグマウス・・・・」と言う記事を見たけれど、冗談でしょう。
アリは20世紀最高のスポーツマンの一人ですよ(私の個人的意見です)。
アリは、誰にもすり寄ったりしなかったし、とてつもなく大きなものと戦った偉大な人です。
亀田家の戦いは、まるで蛇目のように、目の前に現れたものに咬み付いてるだけに見えます。
そう考えると、単に「品の無い一家」で済んでしまうのですが・・・・。
去年の夏、沖縄のホテルで三男坊と居合わせました。その夜、ホテルのサウナに行くと、
又、彼と一緒になりました。
「亀田君、ガンバってな」と手を差し出すと、伏し目がちに握り返してくれました。
本当に目指す場所に、真直ぐ進んでほしいと思います。





